講演概要

瀧ノ上 正浩

クロージングセミナー (Sep 1, 2025)

化学的知能としての生命: 非平衡液滴による分子コンピューティング

瀧ノ上 正浩

東京科学大学 情報理工学院 教授

#人工生命#分子コンピューティング#DNAナノテクノロジー#非平衡系#化学的人工知能

生命は、化学エネルギーを利用する自律的な分子コンピュータと言える。現在、研究室では、生体高分子の構造や分子反応をプログラミングし、化学的な人工知能や人工生命システムを実現する新しい生物物理学を開拓している。本講演では、生体高分子による液-液相分離液滴の研究について紹介する。

 

近年、DNAやRNA、タンパク質といった情報生体高分子を利用し、生命システムが持つ巧みな情報処理能力を模倣した分子コンピューティングの研究が進展している。特にDNAは、その塩基配列を自由エネルギー最小化の原理に基づいて設計することで、多様なナノ構造を構築できるため、情報処理ユニットとして活用されている。本講演で紹介する「DNA液滴」は、DNAナノ構造が自己集積して形成されるマイクロメートルサイズの液-液相分離液滴である。

 

従来の相分離液滴研究では、液滴形成過程や他の物質の液滴への集積に関する物理化学に焦点が当てられてきたが、本研究ではDNA液滴と核酸の鎖置換反応や、酵素反応、光化学反応などを組み合わせることで、エネルギー注入や物質変換が常に行われる非平衡系を実現した。この非平衡系により、分子認識や論理演算が可能となり、miRNAなどの生体情報を入力とした情報処理だけでなく、その結果を自律的な動きに変換する技術も開発している。これらは自律的で動的な人工細胞の構築に向けた重要なステップとなる。

 

本講演では、この技術の基礎となる物理・化学的原理や数理から最新の研究成果までを幅広く紹介する。

 

参考文献

  • [1] Maruyama, T. et al. “Temporally controlled multistep division of DNA droplets for dynamic artificial cells”, Nature Commun. 15, 7397 (2024).
  • [2] Udono, H. et al. “Programmable computational RNA droplets assembled via kissing-loop interaction”, ACS Nano 18(24), 15477-15486 (2024).
  • [3] Sato, Y. et al. “Sequence-based engineering of dynamic functions of micrometer-sized DNA droplets”, Science Adv. 6(23), eaba3471, (2020).