講演概要

有賀 隆行

分科会 (Sep 2, 2025)

細胞内のゆらぎを味方に!?キネシンが加速する秘密に迫る

有賀 隆行

大阪大学 大学院生命機能研究科 准教授

#生体分子モーター#1分子力学操作#細胞内の非熱的なゆらぎ

生体分子モーターは化学エネルギーを機械的な運動に変換するエネルギー変換装置とみなすことができる。その中でも、細胞内で小胞を運ぶキネシンは、熱ゆらぎ(ブラウン運動)をうまく利用することで、一方向性の運動を効率よく生み出していると古くから提唱されてきた。そこで私たちは、光ピンセットを用いたゆらぎと応答の測定を通じて運動中のキネシンによるエネルギー散逸を計測したところ、予想外に低い効率であることが示された [1]。しかし、細胞内で小胞を輸送するために何億年にわたって進化してきたキネシンが、そのような低い効率に甘んじているとは考えにくい。

 

一方、キネシンが実際に働く細胞内環境は、熱ゆらぎだけでなく、細胞の代謝活動によって生み出される非熱的な揺らぎにもさらされていることが明らかになった [2]。このことから、細胞内でのキネシンの運動には非熱的なゆらぎも積極的に寄与しているのではないかと予想した。

 

この仮説を検証するために、細胞内の非熱的なゆらぎを模倣したゆらぐ外力をキネシンに加えながら、その速度を測定した。その結果、特に高負荷条件下で、キネシンは外力の揺らぎの下で加速することが確認された。この現象は数学モデルでも再現し、その背後にある理論の普遍性は、同様の加速現象が他の酵素にも適用可能であることを示唆している [3]。

 

本講演では、現在までに至る研究歴やモチベーションの変遷などもふまえながら、生体内で分子機械がどのようにうまく働いているのかについて議論する。

 

参考文献

  • [1] Ariga et al. Nonequilibrium Energetics of Molecular Motor Kinesin Phys. Rev. Lett. 121, 218101 (2018)
  • [2] Nishizawa et al. Feedback-tracking microrheology in living cells Sci. Adv. 3, e1700318 (2017)
  • [3] Ariga et al. Noise-Induced Acceleration of Single Molecule Kinesin-1 Phys. Rev. Lett. 127, 178101 (2021)