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重力生物学は地球重力と生物との関わりを解き明かそうとする学問分野であり、植物や大型動物だけでなく、直観的には重力の影響をほとんど受けないように思える微生物も対象となる。繊毛虫ゾウリムシ、単細胞緑藻クラミドモナスなどの原生生物や、無脊椎動物のプランクトン性の幼生が重力に逆らって泳ぐことは古くから知られてきた(負の重力走性)。重力生物学の最大の謎のひとつは「小さな微生物がどのように重力に応答するのか?」である。もうひとつ微生物の重力生物学で重要な対象は、重力に駆動された集団運動である。Wager(1911, Phil. Trans. Royal Soc. B)はミドリムシの重力応答について長大な論文を出版し、その中で ”aggregation”(凝集)と呼ぶ集団によるパターン形成の現象を報告している。ミドリムシが容器の中で高密度になると、肉眼で観察できる縞や水玉のような模様が自発的に形成された。これは現在では生物対流(bioconvection; Platt, 1961, Science)と呼ばれる重力による自己組織化現象である。生物対流は次のようなメカニズムで起こる。まず負の重力走性や走光性・走化性によって微生物が水面付近に蓄積する。微生物は周りの水よりも重いため、微生物を多く含む重い液体が微生物の少ない軽い液体の上に乗っている状態になって不安定化し、微生物を多く含む重い液体が落下する。これが生物対流の始まりである。
生物対流は遊泳微生物を培養する実験室のフラスコの中でしばしば観察され、自然界でも赤潮の中などの高密度下で起こっていると考えられるが、その意義ははっきりとはわかっていない。また生物対流を駆動する負の重力走性も、メカニズムは長く研究されてきたが、「重力に逆らって泳ぐ意義は何か?」という問いに正面から答えようとした研究は講演者の知る限りまだ出版されていない。
本講演では、講演者が取り組んできたクラミドモナスの生物対流と負の重力走性のメカニズムを中心に、最近取り組んでいる赤潮藻シャットネラの重力応答の研究も紹介したい。また重力生物学とは少し毛色が異なるが、時間が許せば真核生物鞭毛・繊毛運動の深層学習による自動解析の手法なども紹介したい。