summer school

第56回生物物理若手の会 夏の学校(9/2〜9/5)

無生物から生物の科学

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分科会

 メインシンポジウムでは,「生命を理解するとはどういうことか?」という一つの問いを通じて,様々な視点から「生物物理」のいわば「幹」の部分を見渡すことを目的としています.その一方で,「枝」や「葉」にあたる個別のトピックには手が届かず,また,それぞれの詳細を見ていく時間もありません.

 そこで,分科会では生物物理の最先端の話題に焦点を当て,集中講義形式でそれら一つ一つを丁寧に掘り下げていきます.その分内容が狭くなり,万人向けでなくなるのを考慮して,2本の異なる分科会を同時進行で開催し,参加者各々が興味に応じてどちらを聞くか選択する方式を取ります.

 さらに今回は,同時並行2本×2セット計4つの分科会を,生物物理若手の会全国の各支部がそれぞれオーガナイズします.支部ごとの特色を大いに活かしたセッションにより,単独支部運営では成し得ない幅の広がりと奥行きを実現させたいと思います.


午前のセッション

北海道・東北支部:細胞の構造とメカニクス

題目:細胞構築の理解をめざして
講師:木村暁 先生
所属:国立遺伝学研究所 教授
 生物の最小単位である「細胞」は,無生物と生物の境界(の生物側)に位置づけられるため生物と無生物の境界を考える上でも興味深い対象です.細胞内部を顕微鏡で眺めると,その秩序だった空間構成の美しさに息をのみます.私は自然が作り上げた見事な建築物である細胞が,分子の集合からどのようにできあがるのかに興味を持ち研究を続けています.「細胞内で適材適所にモノを配置するために長さを計るしくみ」,「細胞の大きさや形がその内部構造にどのように影響を与えるか」といった疑問に取り組んできましたので,これまでわかってきたことを紹介させてもらいます.また,秩序を生み出すときには”何か”が流れていることが重要だという考え方が物理学の世界ではあるそうですが,私たちは細胞内で生じている「細胞質流動」の研究も行っています.私たちが研究している細胞質流動が生物の秩序形成にどのように関わるかはわかりませんが,せっかくの場ですので,そのような議論もできればと考えています.

題目:非熱的に駆動されたソフトマターの非平衡状態としての細胞内部環境
講師:水野大介 先生
所属:九州大学 理学研究院 物理学科 准教授
 生き物の最小単位である細胞の諸機能は,柔らかい生体物質(バイオロジカルソフトマター)が熱的・非熱的に駆動されることで発現する.ソフトマターは力学外場に対して巨大に,かつ,著しく非線形に応答するために,生命現象は非線形性・非平衡性が色濃く現れる予測困難な力学過程になる.こうした状態にある細胞内部では,熱平衡系における統計物理学の基本定理である揺動散逸定理が破れている.マイクロレオロジー法によりこの揺動散逸定理を破る揺らぎを解析することで,逆に細胞内部で生じている非熱的な力生成の動力学過程を考察することができる.ここで,非熱的な力とは,例えば,ATPを加水分解することによりモーターたんぱく質が生成する力のことを指す.本講演では,培養細胞や人工的に作製した“生きている細胞内部環境”で行ったマイクロレオロジー研究の成果について報告する.具体的には,i)生体環境では非平衡揺らぎと系の力学挙動の間に協奏的な強い相関関係が観測されること,ii)生き物の非平衡揺らぎの統計的な性質(Levy)が平衡系のもの(Gauss)とは本質的に異なること,iii)細胞内部の力学的な環境は,非熱的に駆動されたコロイドガラスと細胞骨格の複合体として理解できること,等を報告する.


関西支部:ユニークな巨大生体分子・組織の研究 〜放射光構造生物学の最前線〜

題目:高速X線回折ムービー記録による昆虫飛翔筋動作機構の解
講師:岩本裕之 先生
所属:公益財団法人 高輝度光科学研究センター(SPring-8)利用研究促進部門 コーディネーター
 輝度の高いシンクロトロン放射光X線の生命科学分野への応用の最も代表的なものが蛋白結晶学であるが,非結晶の生体試料も放射光X線の重要なターゲットである.X線には空間分解能の高さのほか,高い透過性,非侵襲性という特徴があり,これを利用すると生体内で機能している蛋白質の動態を調べることができる.ここでは高輝度放射光X線と高速検出器の組み合わせによって,毎秒120回羽ばたいているマルハナバチの飛翔筋からのX線回折像を,毎秒5000コマのスピードで記録し解析した例を紹介する.昆虫は種類により毎秒1000回も羽ばたくことができるが,この速さは通常の筋肉の収縮弛緩の仕組みによっては実現することができない.これらの昆虫の飛翔筋には伸長による活性化(Stretch activation, SA)という機能があり,これで高速羽ばたきを可能にしている.SAの分子機構は長い間不明であったが,今回の高速X線回折像記録の結果により,大きな手がかりを得ることができた.SAの機構は,それまでに考えられてきたようにアクチン繊維側(トロポニン等含む)ではなく,ミオシン分子自体に備わった性質らしいということが分かってきた.

題目:巨大生体分子の構造生物学:超分子複合体を見る
講師:加藤公児 先生
所属:北海道大学大学院 先端生命科学研究院 助教
 構造生物学が進む方向としてはいくつかに絞られてきており,その中で我々はこれまでに例のない巨大な蛋白質複合体の構造に焦点を絞って研究を進めている.その構造を詳細に検討することによって生体超分子それぞれの構造形成,蛋白質のネットワーク構築の仕組みを明らかにするのが一つの目的である.これまでに結晶化が困難とされる超分子複合体のX線結晶構造解析に挑み,幾つかの構造を決定することができた.本会ではその構造について紹介する.


午後のセッション

関東支部:タンパク質デザインと生物物理の最前線

題目:タンパク質分子デザイン:ゼロからの創製と自然界のタンパク質の改造
講師:古賀信康 先生
所属:分子科学研究所 准教授
 タンパク質の機能は分子構造に組み込まれた「折りたたみ」「小分子結合」「酵素反応」「構造変化」「複合体形成」など複数の機能的要素が組み合わさり発現する.望みの機能を持つタンパク質分子を自在に創出するためには,それぞれの機能的要素に関する原理を解明し,それらの理解に基づきタンパク質分子を合理デザインする技術を開発することが重要である.しかし,長い年月の進化の結果としての産物である自然界のタンパク質分子をそのまま調べるのみでは,タンパク質分子の動作原理を理解することは難しい.そこで我々は,「タンパク質分子をゼロから創ること」「進化の産物である自然界のタンパク質分子を改造すること」,これら2つの観点から自然界に存在しないタンパク質分子をデザインすることにより,タンパク質分子の動作原理の解明と,タンパク質分子デザイン技術の開発を行っている.本講演では,これら二つの観点からの我々の取り組みを紹介したい.

題目:in vitro 進化分子工学を用いたタンパク質デザイン
講師:松浦友亮 先生
所属:大阪大学大学院 工学研究科 准教授
 進化分子工学的手法は,変異と選択のステップを繰り返し行うことで生体高分子の性質を改良,進化させる方法である.我々は,約100種類程度のタンパク質・核酸・脂質などを組み合わせることで人工細胞を構築し,これを用いてタンパク質の進化分子工学をおこなえる技術を開発した.リポソームディスプレイ法と名付けた本技術を用い,複数のタンパク質の機能改変をin vitroで達成した.本分科会では,これらの結果を紹介し材料から生命システムを構築する構成的アプローチの意義とその応用について議論したい.


中部支部:生命現象を遺伝子から解き明かす

題目:巨大ウイルスが生物学にもたらした衝撃
講師:緒方博之 先生
所属:京都大学 化学研究所 教授
 皆様,ウイルスというとどのようなイメージをお持ちですか?恐ろしい病気の原因,抗生物質が効かない,どちらかと言えば化学物質,宿主ゲノムから飛び出したDNA断片みたいなもの.単純で悪い,あまり役に立たないものという印象をもたれる方も多いかもしれません.しかし,ウイルスはこの世になくてはならないものかもしれない,控えめに言っても生態系で極めて重要な役割を果たしているということが近年の研究から明らかになっています.もしかしたら我々の先祖かもしれない!?講演では,ウイルスの中でも大きなグループ,Girusと呼ばれる巨大ウイルスの発見と,それがもたらした生物学におけるインパクトを皆様と共有し,「生命とは何か?」について議論し,また「発見」とはどのように起こるのかについても話し合いたいと思います.講演の後半では,巨大ウイルスや普通のサイズのウイルスが海洋環境でいかなる生態学的役割を果たしているのかについて,私も参加している国際海洋微生物プロジェクトTara Oceansからの結果をご紹介します.こちらの方は,物理や数理が得意な「生物物理若手の会」の皆様が,将来の研究について考える際の刺激となればと考えています.

題目:概日時計の化合物による制御と解析
講師:廣田毅 先生
所属:名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所 特任准教授・JSTさきがけ
 睡眠・覚醒や代謝など様々な生理現象に見られる約一日周期のリズムは,体内に存在する概日時計に制御されている.哺乳類において概日リズムは時計遺伝子の転写制御ネットワークによって個々の細胞レベルで生み出される.概日時計が24時間という周期で安定して発振する機構に迫るため,私たちはヒト培養細胞を用いたスクリーニング系を構築し,概日リズムの調節因子を探索してきた.化合物を用いて生物機構を解析するケミカルバイオロジーの手法を応用し,多様な構造を持つ何十万種類もの低分子化合物から時計の周期を強力に変化させる新規化合物を発見した.さらにアフィニティー精製と質量分析を用いて化合物の標的タンパク質を同定し,その機能解析から概日時計の重要な制御機構を明らかにした.このような概日時計研究について紹介し,時間と遺伝子制御の観点から生命について考えるきっかけとしたい.